コラム - 院長より

 

Vol.47 2007/04/15

肉体とスピリチュアル ~~~ 人を癒すために

 先日、スピリチュアル カウンセラーの江原啓之氏と直接お話しする機会がありました。 その時の会話の抜粋です。工藤曰く、「私は脳外科医として脳にメスを入れ、脳と心を研究する脳科学者でもあります。ある脳科学者が江原さんのことを、統合失調症と言ったとのことですが、私は脳科学者の1人として決してそうは思いません。私は人を癒すためには、魂を癒す江原さんのようなお立場の方と、借り物である肉体を治す我々医師が必要であると思います。是非、江原さんも頑張っていただきたいと思いますし、我々も頑張りたいと思いますのでパワーを頂きたいと思います。」江原氏は「そうおっしゃってくださる先生がいて有難いことです。工藤さんのような医師の方がいてくださると心強いです。先生は森公美子さんのことでも週刊誌などでコメントされておられる。ちゃんと読んでますよ。えらいでしょう!」後日、江原氏のhome pageの日記にも、医師が応援してくれて感激しましたとお書きになられていました。

 我々人間は、この借り物の肉体とその中に宿る魂から成り立っていることは、いろいろなお考えの方がいらっしゃるとは思いますが、もはや疑う余地はないところだと思います。毎日のつらい悩みは尽きません。対人関係、仕事のこと、別れ。我々はこれらに対峙していかなくてはなりません。その時にその苦しい環境から一時しのぎに逃げてしまえば楽になります。これもひとつの方法だと思います。しかし何も内観することなく逃げれば、どこへ行ってもいつでも同じことを繰り返してしまいます。苦しいからもうやめる、悪いのは全て自分ではなくまわりだ、または自分だけが全て悪い、ではなんの成長もないと思います。何故苦しいのか、何故辛いのか、その中で何を自分は学んだのか、自分はどんな努力をどれだけやってきたのかをしっかり見極めたならば、その時はもはや逃げではなく卒業だと思います。

 苦しい時、人を甘やかしたり、自分を悲劇のヒロインにすることは本当の愛ではなく、それは江原氏の言われる保身のための小我の愛。本当にその人のことを思い、その人に愛情を感じるならば、あえてきつく突き放す大我の愛が必要な時も必要なのではないかと私も思います。私は今、医師として主に医療を用いた方法で患者さんに接していますが、日常診療の中でもこの大我の愛、小我の愛を考えた接し方が人を癒すために大切であると気付きました。

 そして我々は肉体を元気にするとともに魂のレベルもあげていかなくてはなりません。