コラム - 院長より

 

Vol.58 2008/3/15

ある恩師 逝く  -卒業と新学期のはじまりにあたって-

 私が小学生の頃、小学校で鼓笛隊の指導してくださった先生が逝かれて1年が経ちました。とても厳しく、とても優しい先生でした。そして鼓笛隊以外でも、いろいろなことを僕に教えてくださいました。一周忌の今年、奥さまから音楽式を行うので、何かメッセージをいただけないかとのご依頼を賜りました。
 教育の荒廃が叫ばれる中、子供への接し方はかくありき!と身をもって教えることの難しさを思いながら書いた恩師へのメッセージです。

 私は工藤千秋と申します。
 下諏訪小学校の4年生から6年生までの3年間、林先生が情熱を傾けられた“下小鼓笛隊”でお世話になりました者です。私は昭和33年生れですので、お世話になったのは昭和43年から45年頃でしょうか?
 以来、昨年の正月までの35年間、毎年、年賀状をいただき、私も近況を申しあげておりました。しかし、昨年末、奥さまからご訃報を伺い、驚きと共に熱く胸にこみ上げてくるものがありました。

 林先生が白い野球帽をかぶり、われわれにリコーダーの吹き方、鼓笛隊としての歩き方を教えてくださった御雄姿が、あれから35年経った今も忘れられません。私は鼓笛隊が編成されて初めてのトランペットを吹く大役をおおせつかりましたが、音すらでなかった時、先生が「わしゃ~のハスキー声のようだ」と言ってリラックスさせてくださったことを懐かしく思い出します。
 また、6年生の秋、NHKのリコーダーコンクールに参加すべく、特訓のため同級生3人で日曜日に先生のご自宅に伺った時のことです。モーツアルトのメヌエットをうまく吹けず苦闘していた私に、「わしゃ~、君のその、これでもか!これでもか!と頑張るところが君のいいところだと思う。その気持ち 忘れないでほしいな!」と褒めてくださいました。ほんの小さな小6の子供に、きちんと向き合ってお話してくださったこと、とても嬉しく思います。先生のこの一言が、現在の私の生き方の中核となったような気がします。

 林先生は、単に音楽のみをお教えになられていたのではなく、音楽を通じて子供たちの魂に、生き方、心のあり方を語りかけて下さっていたように思います。子供をきちんと育てられない今の時代に、先生は身をもって我々に、子供への接し方、教育のあり方を示してくださっていたように思えてなりません。

 私は今、東京の大田区大森で脳神経外科クリニックを開いています。私は病んだ脳にメスを入れて治すことを仕事としていますが、人を治すためにはメスだけでなく、人の心に語りかけなければならないことを痛感しています。在りし日の林先生のように、いつも心に語りかける魂外科医でありたいと思います。

 本日は奥さまからのお声かけを賜りながら都合により出席がかないませんでしたが、先生は今日も天上界で大勢の天使と共に、美しい音楽をかなでていらっしゃることと思います。林聖人先生、長いこの世でのお役目ご苦労様でした。私たちは先生の笑顔とspiritを決して忘れません。お教え有難うございます!