コラム - 院長より

 

Vol.127 2013/12

パンドラの箱
開けない方がよい。開けてしまったら次の箱は開けない!

心に傷を負って苦しむ方々のお話を伺う医師として開業12年になりました。 その間、常に感じることがありました。

対人関係が崩れる時、見なくてもよいもの、見てはいけないものをみてしまい、そこから疑う心が大きく芽生え、その疑いが次の行動にでてさらに疑いが疑いを大きくしていく。その疑いが最大限になった時、爆発して、ある方はうつに、ある方は暴力に、そしてある方は訴訟となり、長く苦しむことになるようです。 たとえば、相手の携帯をみたことにより、そこにある記録が事実であろうがなかろうが、疑いの対象となり、その疑いがさらなる疑いをよび、どんどんいろいろな方向に波紋を広げる。結果的に破滅を迎えてしまう。

ここに疑いで膨れたパンドラの箱があります。疑う気持ちから、ついつい箱に手をかけて開けてしまう。そこには、疑いを増幅する何か意味するロシア人形(マトリョ―シカ)がありました。マトリョ―シカを一つずつ外して調べてみても、次から次へと同じようなことばかり。マトリョ―シカの隣にはもう1つ小さなパンドラの箱がありました。その中には、もっと違うことを示す情報があるかもしれないと思い、またふたをあける。そこにはまた一回り小さいマトリョ―シカと小さなパンドラの箱。こうして、どんどん深みにはまっていく。

最初の箱を開けてしまうのは、人間の気持ちとしてやむを得ないと思います。でも、悩みが一層深くなるのはその後です。そこにいたマトリョ―シカを外していっても同じ疑念しかわかなかったとき、二つ目の箱を開けないようにする。開けたくなるのはわかります。でもそこを我慢してそれ以上の深追いをやめること。これができると苦しみの深い淵までは落ちないように思います。目をつむり考えない、考えない、そんなトライをしてみるといいと思います。

人間はみな人に触れられたくないものを抱えているはずです。そこをとことん追求すれば その向こうに何があるのか。ある程度グレーなまま残しておくことも必要な場合があるように思えてなりません。ここでも60点合格主義です。

一度パンドラの箱をあけてマトリョ―シカを外してみたら、次のパンドラの箱を開けない方が良いこともあるように思えてなりません。一度開けてしまった箱を閉じてみませんか。 新しい年を迎えるにあたって、少しでも心と気持ちを乱さないようにできたらよいと願ってやみません。

皆さん、よい年をお迎えください!