当クリニックのスタッフがが交代でお伝えする日記コーナーです。
内容はまじめなお話から芸能ネタまで(笑)幅広いテーマでお届けします。
随時更新していきますので、ぜひご訪問ください。
担当/中沢
阪神大震災から今年で15年になります。
私は、ちょうど15年前兵庫県西宮市に住んでいました。
朝5時46分、いきなりすごく大きな振動が起こり、一体何が起きたのかわからない状態だったのですが、気がつくと家の中はむちゃくちゃになっていて、外に出ると周りの家屋は倒れ、ところどころで火事が起こり、夢なのか、現実なのかわからない言葉では言い尽くせない、ひどい光景を目の当たりにしました。
当時、私は高校生だったのですが、学校はもちろん休校になり、クラスメートの半分以上の人達は、避難所生活を送っていました。
私が住んでいた家は、幸い一部損害ということで、なんとか生活をすることはできましたが、水とガスを使えない生活が2カ月間続き、食事はほぼ毎日カロリーメイト、お風呂に入れない日が一週間続くことが普通でした。
今思えば考えられないのですが、あの時は、不自由な生活を送るのが当たり前になっていて、予震がくるたびに怖くなり、全てが不安だらけの毎日でしたが、そんな中でも家族や友人、近所の人達と一緒に水を運んだり、避難所で炊き出しをしたり、みんなそれぞれが苦しい中でも、声をかけあい励ましあうことで、人の優しさや温かさに触れ、協力しあう大切さを感じ、本当にあの2カ月間は大変でしたが、良い貴重な体験を自分の人生の中でさせてもらってよかったと心から思っています。
西宮を離れ約10年。
今は、震災のこともはるか昔のことのように思えますが、それでも震災で沢山亡くなられた方や、遺族の方のことを思うと、心苦しい気持ちになります。
現実、その時には大きくとらえていたことも、月日が経つと人は、忘れがちになってしまいますが、せめて1月17日がくる時には、命の重さと、今、不自由ではない生活を送ることに感謝したいと思います。